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GOOD MORNING 学園長!

第63話 禁煙快楽(その六)

第62話にひきつづいて、「主体的経験」を明らかにしたいと思います。
人は何事に付け、行為に対して意図もしくは目的があります。それを「意思による行為」としますと、行為には必ず人体に対する何らかの刺激を伴いますから、その刺激が「苦痛」になるか「快楽」になるかは、一般的には刺激の誘因となる「行為者の意図、もしくは目的」と深い関係を持つことになります。従って、言葉を換えて言いますと「苦しい気持ちいい」という現象は、「苦しい」という刺激が「気持ちいい」という刺激によって、意識の中もしくは無意識の中で否定され、よって行為者にはむしろ充実感・満足感がもたらされます。
しかし、私の言う「マゾヒスティックな快楽」は、このような快楽をさして言うものではありません。この種の快楽は、単に「気持ちいい程度の快楽」に過ぎません。従って、行為者による一定の意図もしくは目的による「外的な働きかけ」が、相当程度継続されても当初の意図もしくは目的に相当する結果が得られなければ、その継続された人体への刺激が「気持ちいい程度の快楽」に至らず、むしろ「苦しい感」に襲われて、結果として「外的な働きかけ」を中止することになります。
苦痛からマゾヒスティック快楽へ転化させるときに、ミーディアム(媒体)として働く「主体的経験」は、行為が行為者による「一定の意図もしくは目的」に基づいて開始された場合でも、その行為による「気持ちいい快楽」に至る前に置いて、「強度の主体的意識」に基づく「苦しい感」に襲われるまでに至る行為の継続を何度となく繰り返すことを言うのです。
「強度の主体的意識」について、次回にもう少し詳しく述べておきたいと思います。

それでは、Good bye!