TOP >> GOOD MORNING 学園長!

GOOD MORNING 学園長!

第70話 自分の計算で生きる

「自分は他人によって生かされている、とか仏によって生かされている。」と、意識的にではなくとも無意識的に、本気でそのように日本人は思っている。そう思っていなかったとしたら、その人は日本人として罰当たりである。われわれ日本人は皆、仏の慈悲によって生かされているとありがたく感謝しているのである。
自分があるのは、自分の意思によるのではなく、自分以外の他人、さらには仏のおかげによるものである。従って、家族の者が幸せに暮らせるのも「会社という他人」の慈悲によるものであり、従って、会社の命運は仏の存在と同じく、尊大なものである。
要するに、自分の人生、言い替えると人間の人生は、あくまでも「自分の計算によるものではなく、他人すなわち会社の計算によるものである」と、日本人は考えているらしい。特に、学校の教師は、無意識的に他人とは違う自分を認めることは、協調性のない人間が出来上がると考えているようである。(少しばかり脱線するが、聞くところによると、受け持ちの生徒が全員志望大学に合格すると教師は責任を果たしたと思うらしく、そうではなく多浪生を抱えると強く責任感を感じるらしい。要するに、受け持ちの生徒を志望大学に入れることが教師の責任であると思っているらしい。入れてしまった後のことは、当然教師の責任とはなんの関係もないと。)
しかし、他人の計算で生きることの苦しさを実際に知ることができるのは、日本の学校教育を離れた人間社会であり、また自分の計算で生きることの喜びを心底から知ることができるのも、この人間社会から見捨てられたか、見捨てたかした時であるといえる。

それでは、Good bye!