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GOOD MORNING 学園長!

第74話 “ゆとり教育”の出現と消滅の必然

この地球上に存在する無数の知識を単に知るだけであれば、それは物知り博士に過ぎず、その知識量をいくら自慢してもパソコンのハードディスクに勝てるわけではありません。つまり、人間の貯える知識量は、ある意味では、またある側面から見るとなんの価値もないということです。
その意味からすると、無着成恭先生の「全国こども電話相談室」や「全国高等学校クイズ選手権」を知識の有無やその量を争う、単なる“娯楽”(戯れに近いもの)と捉えるのであれば、「教育」にさして問題となるものではないでしょう。
ところが、日本の歴史を遡ると必ずしもそうではないようです。偉い人物として辞書・辞典の編纂から歴史の記録に至るまで、“厖大な知識量=賢人”という図式が描かれているのです。この“知識偏重の図式”が、現在の教科書教育や各種の試験に適用され応用され、更にはその人自身の知的評価にまで繋がっているのです。
さらに、人間が同時に“忘却の生物”であることを考え合わせると、うたかたの如く現れては消える知識に対する日本人の抱くこの執拗な偏重思考は、東洋独自の「文化」に起源をもち、深く関わっているものかも知れません。
もしそうであるとするならば、「記憶力優位・思考力劣位」から生み出され、その結果としてわれわれ日本人自らが未来史において手にするものは、決して科学的社会への発展に資するものではないと言えるでしょう。
従って、ゆとり教育も今後不採用と採用をその時代、その時代の日本人の手による無節操な基準で繰り返すことになることは必然です。

それでは、Good bye!