TOP >> GOOD MORNING 学園長!

GOOD MORNING 学園長!

第87話 馬に人参

あけましておめでとうございます。
いきなりですが、「世界金融恐慌という嵐の中で、何が人間として生き抜く羅針盤となるのか?」をちょいと考えてみましょう。
今年は、丑年だそうですが、馬の話題になって申し訳ありません。
馬は「一般的に、人参を好む」のかもしれませんが、かといって牧草も干草も、またリンゴも食べるのです。ですから、馬によっては、人参よりもリンゴの方を好む馬もいるかもしれません。つまり、馬が人参を好む「根拠」は何なのでしょうか?ひょっとして、大した根拠なく「一方的に決めつけている」と言うことはないのでしょうか?
これが、馬ではなくて「日本人の評価や生き方」の問題であったとしたらどうなるのでしょうか?この厳しい現実を生き抜くことが実に困難なものとなることは、言うまでもありません。私たちは、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学に至るまで、「教育」という一定の枠組みの中で、「日本人としての評価や生き方」を徹底して教え込まれてきたのです。しかし、その教育で言う「評価法や生き方」に、あまりにも唐突ではありますが、一体全体何の根拠があるのかと問いただしてみたら、どうなるのでしょうか?
たとえば、教師の教える教科書の内容は、科学的事実であるかとか、教師はその事実を科学的に分析できるのかとか、もし分析できないのであれば、そもそも教えることが出来るのかとか、教えているとすれば教師は教育者ではなく、単なる教科書の解説者にすぎないのかとか、それを教育というのであれば、なぜ全国民が誰かの作成した不明朗な事実を、科学的に証明できない教師から指導されなければならないのかとか、なぜその不明朗な事実を全国民が暗記しなければ日本人として評価されないのかとか、逆にすべての教科書の内容を丸暗記すれば、頭脳明晰で、立派な人ということになるのかとか、そして自分の人生を語ることのない教師が作成する通信簿や調査書の根拠はいったい何なのかとか・・・。
にもかかわらず、「人参」のように通信簿や調査書の評価に食いついていき、挙げ句の果てに行き場を失ってしまう日本人とは、いったい何ものなのか、「馬」なのか?

それでは、Good bye!