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GOOD MORNING 学園長!

第96話 小学生の英語教育が教えるもの

このテーマはこのシリーズの中で、テーマの形は変えつつも何度か繰り返されたように思われます。しかし、私の専門分野に関わることでもあるし、ヒートアップしつつある現状に黙ってもいられないので、改めて私の意見を述べたいと思います。

つまり、「英語教育」を小学生の段階から始めるという文部科学省の方針と、それに伴う国民の意識と弊害の問題です。

なぜ小学生から英語教育を始めるのかは、何度聞いてもその真意を心底理解することができないのですが、ただここで私が言いたいのは、「いくら英会話を熱心に学習しても、自由に英語を読んだり(英文読解)、また書いたり(英作文)することはできない。」ということを知っているのだろうか、ということです。言い換えると、英語で本を読んだり手紙を書いたりすることは、英会話の学習をいくらしても基本的にはできるようにはならないということです。

ここで、その理由を詳細に述べることはしませんが、例を挙げて理由の代わりとします。

一つの例として、「我が国においても過去にそうであったし、現在でも若干認められるように、世界のどこの国や地域においても、自国の言葉を自由に聞いたり、また話したりすることはできても、その言葉を自由に読んだり、また書いたりできない現実があるのです。」それを「文盲」と言い、我が国でも「文盲をなくす」ことが戦後教育の一つの目標だったのです。これは英会話にも当てはまりませんか?

もう一つの例として、「英語を母国語とする外国へ長期留学し、いくら英語を自由に聞いたり、また話したりすることができるようになっても、その英語を正確な日本語に翻訳することはできないのです。」もしできるのであれば、海外への留学者は誰でも翻訳者になれるはずですが、現実は全くそうではないのです。これも日本人が一般的に考えていることと現実との食い違いです。

そのように、日本人が考えていることと現実との間に生じる食い違いの理由は一体何でしょうか?考えてみてください。

思うに、英語を聞いたり話したりする必要のない社会で、なぜ小学生に英会話の教育が必要なのでしょうか?結局、英会話が新たな漢字教育のように英単語を覚えるだけ(日本人特有の暗記型教育)になり、子供には更なる負担が生まれ、おまけに直ぐ忘れてしまう。

おおお・・・まったく愚かさの極み!! 不思議ですね。

それでは、Good bye!