TOP >> GOOD MORNING 学園長!

GOOD MORNING 学園長!

第110話 教育の目的と手段

言うまでもなく、教育の目的は「・・国家及び社会の形成者として・・自主的精神に充ちた心身の育成・・」(教育基本法 第1条)のために行われなければならないが、果してそうなっているのであろうか?民主的な国家や社会建設の一員となるために、教育の中で若者は未熟ではあるが「個人の価値をたっと」ばれ、自主自立の精神が育成されなければならないとこの教育基本法は述べている。
・・・
しかし、今の教育を冷静に見て欲しい。「教科書教育」といって教師が自ら書き著したものでもない他人の書いた教科書を用いて、しかもその内容の真偽のほども明確に分からないままに、何も知らない未熟な生徒に対して物一つ言わせずまるでノルマのように、しかも自らの人生を語るのではなく、自分には理解足らずの内容を恥じることもなく平然と生徒に向かって、しかも一方的に「解説」するのである。そして、その理解度を定期的にテストという形で判定し、その結果が進学の合否基準となる。そしてそれを教育と呼んでいる。何とも恥知らずなことではないか。そこで、日本人の言うこの「教育」の一連のサイクルを何度も確認して欲しい。
・・・
そのサイクルから見えるものは、教育基本法が言う「教育の目的」とは縁もゆかりもない、単なる「目的のための一手段」(無条件に覚える)にすぎないことが分かるであろう。その場合に、危険なこととして過去の歴史が示しているように、教育の中にいとも容易に「教育勅語の精神」が亡霊のごとく現れるのは、過去、現在、そして恐らく未来にも行われるであろう教育という名を持ついわゆる「受験教育」がその一因であることを知らなければなりません。

それでは、Good bye!