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GOOD MORNING 学園長!

第119話 これが分からんか!という熱血教育の敗北

若者を育てるその育て方には多種多様であることは言うまでもありません。しかし、大方の日本人に理解してもらえると思う心の深層にあるポジティブな教育法と言えば、「金八先生」「高校野球とそれに似た星野野球」「遅寝早起きの宿題漬け」「夜遅くまでの居残り授業」「陽明学者熊沢蕃山の少年記」「高額な家庭教師による個人授業」「ハイテクと見せかけて実は主婦の内職である大手の古典的な通信添削」「学校教育を否定して、というよりも学校と協力して偏差値の高い中・高・大への合格実績を叫ぶ学校や学習塾」・・・といった類のものではないでしょうか?
思うに、これで一体「精神的に自律した人間」が育つのでしょうか?
しごきと見せかけたスキンシップ、愛と鞭、スケベ根性とスパルタ教育、スポーツマンシップと根性論、意味薄弱な文武両道、見せかけの熱意と金儲け、無知のくせして威張り散らす権威主義、日本型真・善・美でごった煮の甲子園・・・などのイメージが付きまとい、私にはとてもじゃないけどこれが教育とはとても言えたものではないという印象を強く抱くのです。
そのような環境の中で、学校の教師があれほど性犯罪を繰り返していても、それは例外でその教師だけの責任だと平気で思えるその日本人の感覚は一体どこから来ているのでしょうか?
近年、変に過度に親切で、かといって担当教科に専門的な知識は全くなく、なのに妙に保守的な価値観に従って押しつけがましい命令口調の学校教育が嫌になって中退や高校進学を拒否した生徒が我が斉木学園に多く入学してくるのは一体どうしてなのだろうか?と考えることがあります。
どの生徒を見ても、実際的に能力も、また人間的な人格も際立って優れているのです。彼らこそ今後の日本に必要な人物像であり、期待できる人たちなのです。しかし、日本の教育はそのような期待できる若者たちを現実に一方的に切り捨てているのです。
これは仮説なのですが、もし彼らをことばで表現するとこれまでの国立T大学・K大学を頂点とした暗記中心の偏差値教育とは異った国際的な能力と感覚、そして判断基準(グローバル・スタンダード)をもった本当の意味で優れた「新日本人の出現」ということになるのではないでしょうか?私はこの新日本人に大きな期待を寄せているのです。

それでは、Good bye!