TOP >> GOOD MORNING 学園長!

GOOD MORNING 学園長!

第122話 「頑張ろう」より悲しみ共有

以下に取り上げた毎日新聞の記事を、私が掲載された後しばらく時間を空けて再度見つめ直した理由は、私も野田正彰さんとは違った視点からと思うけれども同様の意見で、この度の大震災に対するマスコミや国家機関、あるいは日本社会や日本人の関わり方において、大いに憤慨していたところであったためにどのように言葉で表現しようかと実は悩んでいた空白の期間でもあったのです。
私の憤慨を大ざっぱに述べると、例えば、頑張ろうコールを無責任に連呼するマスコミやスポーツマンとか、一時的な炊き出しのパーフォーマンスを繰り返す芸能人や有名人とか、最大の責任者である政治家や政党間での当てつけや内部抗争とか、刃が向きそうになると卑劣にも闇に身を隠し沈黙を守る官僚たちの姿などです。そして、被災者たちは運が悪かったかのように悲しくも取り残され、時と共に忘れ去られていくのです。
「頑張ろうコール」は、「のど元過ぎれば熱さを忘れる」という諺のようにほとぼりが冷めると何事もなかったかのように全てを忘れて日常に戻るという生き方が生んだ好都合な言葉の象徴のようにも聞こえてくるのです。
私は災害の原因究明のために、すべての日本人に染み込んだ「刹那意識」を長い日本史の中で頭に叩き込んだ過去及び現在の「教育の在り方や実情」まで遡って徹底的に追求し、深く反省してこそ具体的な「対策」が得られ、従って同じ「人災」(原発問題は人災以外の何ものでもないと考えている。)という過ちを二度と繰り返すことがなくなると思っているのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
東日本大震災:精神科医・野田正彰さん「復興偏重で遺族孤立」
毎日新聞 2011年4月20日 西部夕刊
◇「頑張ろう」より「悲しみ共有」
被災者支援について調査・提言している関西学院大学教授で精神科医の野田正彰さん(67)が15、16日、宮城県沿岸部に入り遺族や被災者の話を 聞いて歩いた。東日本大震災では2度目の被災地入り。家族を失って1カ月が過ぎた遺族らと接した野田さんは「復興ばかりに重点を置いて『頑張ろう』を繰り 返せば、遺族の疎外感と喪失感は強まる。復興支援は一番つらい遺族の視点に立つべきだ」と安易な復興ムードに警鐘を鳴らす。【村松洋】
県南部、福島県境にある山元町。641人が死亡し、131人の行方が分かっていない(18日現在)。
野田さんは山元町立坂元中学校の避難所を訪ねた。「家族全員が見つかるまでは」と震災後ひげをそっていない男性がいた。目黒裕一さん(36)。両 親、祖母、姉の5人家族だったが、4人の行方が分からない。「避難所にいれば、いつかみんなが顔を出すんじゃないかって。甘い考えだったかな。携帯もメー ルもつながらないんです」。今月上旬、姉ゆかりさん(39)に目元が似た遺体の写真を見つけた。DNA鑑定の結果を待っている。
「家族が夢に出てこない。俺って冷たい人間なんですか」。そう尋ねた目黒さんに野田さんは「そんなことはない。家族もあなたのことを思って流されたはずだよ」。目黒さんは「それならやっぱり俺が早く見つけてあげたい」とつぶやいた。
仙台市の南隣、名取市閖上(ゆりあげ)地区。「あれは、妻が育ててたんだ」。汚泥をかぶったビニールハウスを指して、荒川勝彦さん(63)は野田さんに言った。中に、ピンクや白のカーネーションが、枯れずに残っていた。
妻八千代さん(58)はあの日、ハウスにいた。近所の人の話では地震後、自宅にいた三男孝行さん(27)を迎えに車で自宅に戻り、一時公民館に避 難。更に約500メートル離れた中学校に向かう途中、津波にのまれた。孝行さんは遺体で見つかったが、八千代さんは見つかっていない。
自宅から公民館まで、野田さんは荒川さんと八千代さんの話をしながら歩く。「なかなか気持ちの整理がつかなくて……」。そう話す荒川さんに、野田 さんは「奥さんが生きた記憶を忘れずに生きていくんだよ。奥さんの生前の姿を一番伝えられるのはあなたなんだから」と声をかけた。八千代さんの足取りを荒 川さんに追体験してもらうことで、少しでも心の整理をしてもらおうと、野田さんは考えた。
野田さんによると、遺族は被災直後、家族を失った現実をなかなか受け入れられない。遺体が見つかり数カ月が過ぎたころ、喪失感に襲われる人もいるという。そんな時「遺族に寄り添って、悲しみを共有してあげることが大切」という。
野田さんは「遺族ほど悲しみや苦しみに耐え、頑張っている存在はいない。周囲が死を見ないようにして『頑張ろう』と復興ばかり強調すれば遺族は『放っておかれている』と思う。喪失感は増し、最悪自殺という手段を選択させてしまう」と遺族の孤立化を危惧している。

それでは、Good bye!