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GOOD MORNING 学園長!

第134話 失敗から学ばない文化に未来はない!

日本史を振り返っていつも思うことは、日本人の生き様を突き詰めてみるといつも「強欲の皮が突っ張った人間の姿か、それともそれを諦めざるをえなかった姿」の二様の姿しか見えてこないのは何故なのだろうか?そこに一人の人間らしい人間の姿を見つけ出し、ほっと一安心することが私にはないのである。結局、日本人の考える人間世界は、どこの神社や仏閣に行っても金銭をほしがるように、宗教を含めて「経済原理」という価値基準に支配されているのではないかと思いたくなる。
第二次大戦から何を学び取ったかと疑いたくなるほど、戦後教育の中でもその痕跡は時代と共に消滅している。その点でも特に、高校教育は「ひどい」の一言に尽きる。それについては、私が言わずとも後の世が証明せざるをえないであろう。
この度の原発事故も、言うまでもなくその教育が生み出した意志を持たない人間の集合体(一般国民も愚かではあるが、特に税金から甘い汁を吸って国家意志を遂行している国家公務員の責任は重大である。)による「人災」そのものであり、その現実を許すような文化は、過去の世界史を振り返るまでもなく結局滅びることになるであろう。
以下、実に教訓的な村上達也さん(茨城県東海村村長)の記事を掲載する。
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毎日新聞 2011年10月8日 東京朝刊
◇原発持つ資格欠ける国--茨城県東海村村長・村上達也さん(68)
--福島原発事故での政府の対応をどう評価しますか。
◆ 事故拡大を防げなかっただけでなく、住民保護の観点からも対応は後手に回った。計画的避難区域への指定が遅れた福島県飯舘村などの住民は、浴 びる必要のない放射線に長時間さらされた。原発で全電源喪失による事故が想定されていなかったことが示すように、原発に対する楽観的で安易な考えが背景に ある。JCO事故から何も学んでいない。原発を持つ資格に欠ける国だと思った。
--JCO事故の教訓は生かされなかったと。
◆ 当時も想定外と言われたが、慢心が招いた事故だった。政府を含む「原子力ムラ」は、原子力産業周辺の不届きな会社が法令違反で起こした事故と 総括してふたをし、再び安全神話に浸って原発拡大路線を突き進んだ。また、当時は対策本部があちこちにできて情報共有ができなかった。その反省を受け、す べての原発にオフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点施設)ができたが、福島では機能しなかった。その結果、現地対策本部は福島原発から(約65キロ) 離れた福島市に置かれた。これも対策の遅れにつながった理由と思う。JCO事故で感じたのは(放射線量のように)距離の2乗に反比例して緊迫感は落ちる。 風評被害は逆だ。遠方になればなるほど厳しくなる。
--村長の持論だった経済産業省と原子力安全・保安院の分離が来春にも実現します。
◆ JCO事故後、01年に原子力規制を強化する目的で保安院ができたが、実態はまったく逆方向に進んだ。福島事故後の再稼働を巡る問題などをみ る限り、やはり保安院は規制組織ではなかったと思う。分離して環境省に移す形は良いと思うが、中身が見えない。本当に事故を防げなかった真摯(しんし)な 反省から分離するのか。あるいは停止した原発を再稼働するために分離するのか。権限も分からない段階でどうこう言えないから期待もしていない。
--福島原発事故後、脱原発の姿勢を鮮明にされています。
◆ 福島原発は3基の原子炉が事故を起こしたという面ではチェルノブイリ原発事故以上の事故だ。世界を震撼(しんかん)させ、ドイツ、イタリアは 脱原発に向かうことになった。本来、日本が真っ先に脱原発を真剣に考えるべきではないか。まずは地震列島の日本に原発はふさわしいのか改めて考える必要が ある。村にある東海第2原発(日本原子力発電)を例にとれば、30キロ圏内で100万人規模が暮らす。東日本大震災では、東海第2もあと70センチ津波が 高ければ全電源喪失に陥る可能性もあった。国の原子炉立地審査指針は「原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること」とあるが、現実と合っ ていないのは明らかだ。理論と実態が破綻する中、原発に依存して地域社会をつくるのは限界で、そこから脱したまちづくりを考えるべきではないか。
◇原子力ムラの総括必要
--日本で初めて「原子の火」がともった東海村の将来像は。
◆ 私は原子力の研究開発からの脱却を訴えているのではない。脱原発を唱えても廃炉や廃棄物の処理や安全対策についての研究は重要で、研究開発拠 点としての東海村の存在意義はむしろ高まる。最先端の原子力科学や基礎研究の推進、国際的な原子力人材を育成するために東海村の経験と施設の蓄積を利用す る。ただし原発のように膨大な電源交付金や固定資産税が入ってくることに比べれば、研究主体のまちづくりは簡単ではない。大変な課題だが、10年もたたな いうちに変わると思う。
--脱原発を支える研究拠点を目指すということですか。
◆ そうとらえてもらって結構だ。原子力イコール発電だけではないし、旧来の原子力エネルギー開発にしがみついていては先に行けない。そうした考えは捨てるべきだ。
--東海第2原発の再稼働の判断について住民投票を示唆されていますね。
◆ 具体的な案はまだないが、住民投票でも住民側による請求もあれば、大規模アンケートという方法もある。いずれにしても住民の皆さんが是非を積 極的に判断すべきだ。利害関係が網の目のように張り巡らされた原発所在地で脱原発はすぐに割り切れる話ではない。ちなみに私が脱原発と言ってから直接非難 する人には村で一度も会っていない。「よく言った」と言ってくれる人はいるが。
--原子力ムラは変わると思いますか。
◆ 絶対に総括しなければいけない問題だ。一つの利益集団ができると、磁石のごとく人が集まって反対勢力を排除し圧迫する。原子力ムラは50年以 上の歴史を持つ牢固(ろうこ)たる社会だ。徹底的に自己批判も含めてやらないと原発の将来はないし、また事故は起きる。そう簡単に変わるとは思えないが、 その中で知恵を働かせてバランスをとる仕組みや組織を作る必要がある。鍵を握るのは政治力だ。
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◇JCO臨界事故
99年9月30日、茨城県東海村のJCO東海事業所でウラン溶液の混合作業中、核分裂反応が連続する臨界事故が発生。死亡した作業員2人を含む666人が被ばくした。違法操業が原因として業務上過失致死罪などでJCOと事業所元幹部の有罪が確定している。
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■人物略歴
◇むらかみ・たつや
茨城県東海村出身。一橋大社会学部卒。常陽銀行支店長などを経て、97年9月から現職(4期目)。1期目でJCO臨界事故を経験し、福島原発事故以前から原発に依存した地域振興策の限界を訴えてきた。

それでは、Good bye!